活躍するOBたち

TJOSを巣立ったOBたちから寄せられたメッセージをご紹介

青木尚佳:ヴァイオリニスト(2009年卒団 ヴァイオリン)

私の音楽人生に於いて、 TJOSは原点と言える場所だと思っています。
芸術監督の篠崎先生に勧められて、この TJOSに入団したのは小学4年生のとき。そのときまでは「ピアノと合わせる」ことしか知らなかった私にとって、自分が一員となって鳴り響くオーケストラの音にすぐに虜になり、そこから7年間、たくさんの素敵な仲間と素晴らしい先生方と一緒に音楽作りができた経験は私にとってかけがえのない大切な思い出として残っています。
 
私は 2011年から6年間、ロンドンに留学していました。最初は英語でのコミュニケーションもままならず、ホームシックにかかったり食べ物が合わなかったり大変なことも多かったけれど、日本を離れて人種の坩堝であるロンドンで生活した時間はとても濃密で、いつの間にかロンドンが第二の故郷になっていました。
ロンドンでの学校生活が始まって1番初めに実感したことは、音楽は「言語」であることです。リハーサルで言いたい事が伝わらないとき、ちょっと弾いてみるだけで自分がしたいことを理解してもらえ、また逆も然り、そのおかげで、演奏しながら音で「 speak」して伝えていくことの重要性に気がつく事もできました。
そんな留学生活の最中の 2015年3月、篠崎先生にお声がけ頂き、今度はソリストとして古巣に戻って来る事が出来たことは本当に大きな喜びでした。リハーサルでの団員のキラキラとした音楽を奏でる喜びに満ちあふれた顔、休憩時間にも関わらず一生懸命自分のパートを練習している姿、そして先生方の愛に溢れたご指導・・。当時一緒に弾いていた友人もエキストラで参加してくれて、後輩と、仲間と、タクトを振って下さった桑田先生と、皆で作り上げる音楽に身を委ねられたあの時間はとても幸せでした。ブルッフのヴァイオリン協奏曲1番を演奏したのですが、この曲には縁があるのか、それから今までに7度演奏していますが、弾く度にこのコンサートのことを思い出します。
 
早いもので卒団して10年になります。卒団してからも、様々な現場で先生方にお会いしますが、その時の心強さと言ったら・・・!先輩方、当時の仲間にも会う度に TJOSの大きな輪を感じて、嬉しく思います。
 
先日の夏の演奏会に伺いましたが、子供達のキラキラした、エネルギー溢れる演奏に終始鳥肌が立ってしまいました。
久しぶりに心から楽しめ、感動した演奏でした。
音楽が「仕事」になってしまうと楽しいことばかりではありませんが、戻りたくても戻れない、「青春」だった年月を思い出し、また新たな気持ちで音楽に向き合えそうです。
団員の皆さんも、今しかない時間を大切に、思いっきり楽しんで下さいね。

斉藤琴子:NHK 番組制作 (2007年卒団 ヴァイオリン)

[思い出の写真]

 T.J.O.S.に入団したのは、中学1年のとき。師事していたバイオリンの先生に連れられて、練習の見学に行ったのがはじまりでした。当時は団員も高校生や大学生のお兄さん、お姉さんばかり。そしてわたしにとって初めての練習に現れたのは篠崎先生、桑田先生、荻野先生というド迫力のビジュアルを誇る講師陣。入団1年目はただただ緊張・恐縮していて、まわりについていくのに必死でした。
 もともと態度と声だけは人一倍大きかったこともあり、わたしは入団2年目にはライブラリアン、3年目にはインスペクターとなりました。講師の先生は第一線で活躍するバリバリの演奏家ばかりだし、仲間の団員にはプロの音楽家を志している人もたくさん。そんな環境の中でも、演奏することだけでなく団員や講師の先生、事務局の方々とオーケストラの活動をすることがとても楽しく、「上手く弾けるようになりたい!」「演奏するって楽しい!」よりも「いろいろな人と関わりたい!」気持ちが大きく強くなっていきました。卒団後は大学でアートマネジメント(イベントや芸術団体の企画・制作・運営など)を学び、現在はNHKのディレクター職に就いています。クラシック音楽の番組をつくるこの仕事を選んだことを含め、大好きな音楽との関わり方を考えるきっかけをくれたのも、T.J.O.S.での経験だったように思います。
 音楽番組をつくる仕事でもT.J.O.S.での経験はわたしの強い味方になってくれています。オーケストラのスコアが読め、どんな楽器が舞台のどの位置で演奏されるかがわかっているとスタジオやホールでも自信がもてるし、企画がまとまらない時は小野先生に電話でアドバイスをいただいたり、以前同じ舞台で演奏していた友達に録音をお願いしたり。自分が弾いたことのある曲を収録するときは、ついモニターの前ではしゃいでしまいます。また先日は、大学の同級生で現在はNHK交響楽団のビオラ奏者である、T.J.O.S.の英雄的OBこと“しょうちゃん”と社食でいっしょにお昼を食べました。
番組作りはオーケストラ活動と同じで、自分一人では出来ません。いろんな人と出会って、関係を作って、力を借りて、迷惑をかけて、やっと何とかなるもののような気がします。でも、そこが面白いのだと思います。そして、それを最初にわたしに教えてくれたのが、T.J.O.S.だったのかもしれません。大勢の仲間といっしょに演奏したことはもちろん、合宿のレクリエーションの内容を考えるために練習帰りにマクドナルドで“会議”をしたことや、“広報部”の仲間とガチガチに緊張しながらカタコトの敬語を使って指揮者の先生にインタビューをしたこと。そんなT.J.O.S.のみんなとの思い出ひとつひとつが、今のわたしの大きな財産になっています。

溝根伸吾:仙台フィルハーモニー管弦楽団 (2007年卒団 ホルン)

 [思い出の写真]

ホルンとの出会いは、小学校五年生のとき。
たまたま友達に誘われ、課外クラブの管弦楽団に入部。たまたまホルンを選択。なんとなく楽しむつもりが、クラシック音楽にどっぷりはまっていきます。(T.J.O.S.にもこの小学校の出身者が何人かいますね!)
高校受験の際には「オーケストラか強い吹奏楽部のある学校に入りたい!」という基準で志望校を決定。そこそこオーケストラの盛んな都立高校に入学。オーケストラ部の部長も務めました。そして、T.J.O.S.!高校一年生の夏、小学校時代からの大の仲良しであったトロンボーンのヨシカネくんに誘われ、一緒にT.J.O.S.のオーディションを受験しました。
 高校二年生の春頃から音楽の道を志し、東京芸術大学に二度目の受験でどうにか合格。その後、そのまま大学院へ進学。そして、2012年11月に仙台フィルハーモニー管弦楽団のオーディションを突破、2013年3月に大学院を卒業し、仙台フィルのホルン奏者となりました。 
T.J.O.S.のインペクをやっていて良かったと思った最近のエピソードを。
今年二月、マロ先生こと篠崎史紀先生と、とあるオーケストラで共演する機会に恵まれました。「僕のこと覚えていらっしゃるかなあ」と思いつつもご挨拶に伺おうと思っていた矢先、「おう、溝根くん!元気にしてたか?」とマロ先生から話しかけてくださるではありませんか!さらに、その演奏会の打ち上げでは、「ジュニアオケのときは、面白い企画とか考えてくれて、インペクとして大活躍だったよね!声は小さかったけど!あははは。というわけで、締めのひとことよろしく!」と、そうそうたる演奏家が集うなか、新米の私が宴会で挨拶をすることに。大変緊張しましたが、T.J.O.S.でインペクを務めていなければできなかった、貴重な経験でした。
 

福廣秀一朗:作・編曲家 (2005年卒団 ホルン)

 私はTJOSではホルンを担当しておりました。
中学から始めたホルンですが、これまで吹奏楽でしか演奏経験がなかったので、高校に入って初めてオーケストラでの演奏を経験した時は、衝撃でした。
 ブラスだけの合奏とは比べ物にならない程、立体的で豊かな管弦楽の響き。今まで3次元の世界にいたのが、4次元や5次元の世界に移行してしまったかのような感覚に包まれました。特にホルンという楽器は、オーケストラでは木管と金管の橋渡しのような役割をしており、管弦楽の音響に更なる深みを増す楽器でもあるので、オケの中のホルンというポジションに非常に興味を覚えました。
 そこから転じてアレンジやオーケストレーションに興味を持ち、様々な作曲家のスコアを貪るように研究し、卒団後は音大の作曲科に進学しました。
現在は映画やドラマ、CM等の作編曲の仕事をさせて頂いており、在京プロオーケストラのオーケストレーターも務めておりますが、こうした仕事に繋がったのも、多感な時期にTJOSで前記のような貴重な音楽体験が出来た事が大きかったと思います。
 素晴らしい音楽仲間達と出会えた事も、大きな収穫でした。団員の皆は音楽に対する意識やレベルがとても高かったので、非常に刺激を受けました。在団中に親交のあった音楽仲間とは今も関係が続いており、共に音楽の道に進んだ人とは、ドラマの音楽録音でスタジオで演奏してもらったり、逆に作曲の依頼を受けたりと、卒団後も一緒に仕事をしています。十代のうちに出会えたこうした仲間達は、自分の人生における財産となっています。
 芸術監督の篠崎史紀氏は、一見強面で、闇の職業に就かれていらっしゃるような風貌ですが(冗談です!)人柄は全くそんな事はありません。黄色のフェアレディZに乗って颯爽と練習場にいらっしゃり、とても優しく指導して下さった事が印象深いです。
 今思えば、高校1年の時、思い立ってオーディションを受けて本当に良かったと思います。TJOSでの日々が無ければ、もしかすると現在は音楽の道に進んでいなかったかもしれません。このような場を提供して下さった篠崎氏を始め、インストラクターの先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。

近藤千花子:東京交響楽団 奏者 (2002年卒団 クラリネット)

 私は、東京交響楽団を1年休団し、2012年夏から1年間、ロンドンの英国王立音楽院に留学をしました。とても短い期間でしたが、常に全速力でのオーケストラ生活から、久しぶりの学生生活はとても刺激的で、そしてロンドンという大都会もまた刺激的な街であり、様々なこと考え、感じることの出来た1年でした。
私のオーケストラ、音楽体験の原点でもあるTJOSの皆さんに、ここで少し私の体験をお話できること、とても嬉しく思います。
まず最初に実感したことは、ロンドンは人種の坩堝だということです。生活を始めて1週間で道を聞かれ始め、通学に使っていた、赤い2階建てバスの中ではバスのルートを聞かれたりと。。。明らかな外国人にそういったことを聞くなんて、日本では全く考えられないことですね。イギリス人は日本人に似てシャイだと言われていますが、気さくに話しかけ、話しかけられたりすることが多く、生きた英語をトレーニングする絶好の機会でした。大都会ですが、大小たくさんの公園や教会、歴史的な建物も点在し、勿論、ヨーロッパの風景も感じられる場所です。私にとっては自然体でいることのできる、とても居心地の良い街でした。
ロンドンの音楽市場は、世界的なアーティストが集まる場所です。イギリス国内のオーケストラだけではなく、他のヨーロッパのオーケストラもたくさん聴くことが出来ました。特に、夏に行われるプロムスという音楽祭は有名です。ロイヤルアルバートホールという巨大な円形劇場のようなホールで、一ヶ月以上に渡って行われます。安いチケットは、ステージのすぐ前の広い土間のようなスペースで、立ち見で5ポンド(約750円)で聴くことが出来ます。演奏中も寝ながら聴いている人がいたり、休憩中はその場でアイスクリームを食べたり、ビールを飲む人がいたり!なかなか面白い光景です。リラックスをして音楽を楽しむ環境が充実していました。
留学中に、日本のことを説明しようと思って地図を開くと、日本という国は、なんてずっとずーっと東の端にある、かわいい小さな島なんだろうと毎回思っていました。大陸文化は私たちには程遠い感覚ですが、私たちは音楽を通して身近に感じることが出来、色々なヨーロッパ諸国に旅をすることが出来ます。それってとても素敵なことですね!
みなさんもTJOSで、アンテナを張り巡らせながら、音楽の旅をたくさん味わって下さい!